水谷豊監督と会田正裕撮影監督が語る、バーチャルプロダクションという新たな選択肢

写真左から水谷 豊 監督、会田 正裕 撮影監督

水谷豊氏が監督を務める最新作、映画『Piccola felicità(ピッコラ・フェリチタ)~小さな幸せ~』。本作の一部シーンにおいて、水谷豊監督と会田正裕撮影監督は、自身初となる「バーチャルプロダクション(VP)」撮影を導入した。
東京都内でのロケ撮影が年々困難になる中、この新たな技術がどのように作品に貢献したのか。そして監督の感性と撮影監督の技術的探究心が、現場での試行錯誤を経て導き出したVP撮影の可能性とは――。

そこにあったのは、長年の課題を解決する技術にとどまらない、表現を広げる「アイデア」が生まれる場所だった。


「都内での車両走行シーン」という長年の課題

――まず、本作においてバーチャルプロダクション(VP)という手法を導入された経緯からお聞かせください。

会田: きっかけは、劇中に登場する車の走行シーンです。都内での車の撮影には、これまで本当に苦労してきました。昔は牽引(レッカー)撮影も今より自由度がありましたが、現在は道路使用許可も含め、東京都内での撮影は非常に厳しい制約があります。それに公道での撮影は、光のコントロールができないのが悩みなんです。理想の光を待つだけで時間が過ぎてしまいますし、いざ本番となると交通状況が完璧とは限りません。

水谷: そうなんですよ。さらに大変なのが、役者がNGを出してしまった時です。車の中の撮影はワンカットを長く回すことが多いのですが、一度止まってしまうと、また元の場所に戻るためにぐるっと15分くらいかけて一周してこなければならない。時間的なロスも大きいですが、何より役者にとって「もう失敗できない」というプレッシャーが相当なものになるんです。現場がシリアスになりすぎて、ムードが重くなってしまうんですよね。そうすると本来ならもっと自由に感情を乗せて喋りたいはずなのに、間違わないように、間違わないようにと「セリフを置きに行く」ようなお芝居になってしまう。これでは、せっかくのシーンがつまらなくなってしまいます。

会田: それだけではありません。それほど苦労して撮影しているのに、いざ仕上がりを見ると「アングルがつまらない」ということも多々あります。安全確保やレッカーの制約で、カメラを置ける場所が限られてしまうからです。だからこそ、今回酒井さん(IMAGICAエンタテインメントメディアサービス VPスーパーバイザー 酒井教援)からVPの提案をいただいた時は、まさに画期的だと思いました。

――実際にVPで撮影をしてみて、どのような手応えがありましたか。

会田: 驚いたのは、その圧倒的なスピード感です。本来であれば移動やセッティングだけで数日かかるような分量を、スタジオのわずか1日で全て撮り終えてしまいました。これは従来の撮影スタイルでは考えられない効率です。

水谷: 本当に「こんなことができるもんだな」と、スタッフみんなで感心してしまいました。スタジオなら、もしセリフを噛んでしまっても、すぐにその場で「もう一回」とやり直せる。戻りの15分を待つ必要もありません。この安心感があるからこそ、役者もプレッシャーから解放されて、自由に、大胆に演じることができました。現場の雰囲気も非常に良かったです。

会田: 通常のグリーンバック撮影だと、ポストプロダクションで合成されるまで完成図が見えませんが、VPは目の前のLEDウォールに背景が映っています。酒井さんたちImagica EMSのVPチームには、オンセットカラリストのほかに、VPカラークリエイターという照明部と連携してLEDの輝度や色温度を調整するスタッフがいて、現場で監督や僕の要望に合わせて、背景のボケ味や光の当たり方をその場でリアルタイムに調整してくれました。「もう少し背景を暗くしてほしい」「街灯の光を強調したい」といったやり取りがその場で完結し、モニターで完成に近い画を確認してOKを出せるのは、撮影監督としても非常に心強かったですね。

水谷:  役者にとっても、自分が今どこにいて、どんな景色の中にいるのかが視覚的にわかっているので、演じやすかったようです。感情の解放がスムーズにできているのがわかりました。本来ならロケ地の制約で諦めていたかもしれないことが、スタジオという完全にコントロールされた環境の中で、理想の光、理想のアングルで実現できた。役者の芝居の鮮度を落とさず、かつ一番いい画を追求できる。これは作品の質を上げる大きな要因になったと思います。

――撮影現場では、予定していなかったシーンでもVPが活用されたと伺いました。

水谷: そうなんです。最初は車のシーンがメインだと思っていましたが、テストで実際にスタジオに入り検証する中でVPの可能性を目の当たりにするうちに、「これができるんだったら、あのシーンもできるんじゃないか?」というアイデアが次から次へと湧いてきたんです。

例えば、ブティックのシーンや、料理を作っているシーン。これらは当初の予定にはなかったのですが、その場の判断でVP撮影に切り替えていきました。

会田: 監督の頭の中で、技術と演出がリアルタイムに結びついていった感覚でしたよね。

水谷: ええ。僕にとって今回一番面白かったのは、単に「最新技術を使いました」ということではなく、技術を知ることで新しいアイデアが生まれたこと。それが一番大きかったですし、価値があると感じました。

技術とアイデアによって、表現の幅が広がっていく。そのプロセス自体が非常に刺激的で、面白い体験でした。

――Imagica EMSからの技術的な提案で、特に印象に残っていることはありますか。

会田: 酒井さんたちの素晴らしいところは、単に技術を提供するだけでなく、ポスプロの視点から「いかに効率よく、かつ効果的な画を撮るか」という逆算のアイデアをくれる点です。特に驚いたのが、2台のカメラで別々の背景を出しながら同時に撮るという手法でした。

水谷: そう、あれは凄かった。「Aカメ用とBカメ用に別の背景を同時に出し、ワイプで切り替えて撮りましょう」と提案してくれたんです。スタジオの方も「そんな使い方をする人は初めて見た」と驚いていました。この手法のおかげで、切り返しのお芝居が一度のテイクで完璧に収まり、編集時の繋がりも一切心配がなくなりました。

会田: 通常のVPでは背景は1つの視点に固定されますが、そこをポスプロの知見を活かしてシステム的に解決してくれました。撮影現場とポストプロダクションが分断されるのではなく、地続きでクリエイティブを共有している実感が持てました。制約がある中でどう工夫するかという、非常に心強いサポートでした。

――最後になりますが、今回の経験を経て、今後の映画制作においてどのような可能性を感じていらっしゃいますか。

会田: 今回、初めてVPに本格的に挑戦しましたが、まだまだ課題もあります。例えばLEDの黒の沈み込みや、カメラのダイナミックレンジとの兼ね合いなど、詰められる部分はあります。しかし、それを差し引いても「撮影の選択肢」が増えたことは間違いありません。実写ロケ、グリーンバック、そしてバーチャルプロダクション。これらを作品の狙いに合わせて自由に選べる時代になったのだと思います。
酒井さんたちのように、撮影現場のことを理解した上で、ポスプロの視点から解決策を提示してくれるパートナーがいれば、もっと大胆な挑戦ができるはずです。

水谷: 映像表現の可能性を広げる、新たな選択肢を得たという感覚です。今までは「撮りたいけれど、現実的には無理だろう」と諦めていたアイデアが、この技術を知ったことで、最高の芝居とともに、一番いいアングルで残すことができる。さらには、この技術をきっかけに新たなアイデアが生まれてくる面白さもあります。また新たな表現を生み出せるのではないかと、今から次を楽しみにしています。

『Piccola felicità(ピッコラ・フェリチタ)〜小さな幸せ〜』

7/11(土) 新宿K's cinemaほか、順次公開

◾️公式サイト:piccolafelicita.jp
◾️公式X:@piccola_movie

企画、監督、脚本、プロデュース、主演――水谷 豊。
「本当にやりたかったこと」が詰まった極上のフルコースが完成!

―Piccola felicità(ピッコラ・フェリチタ)― 
それは、イタリア語で「小さな幸せ」という意味。
人生の岐路に立たされた人々の交差する物語と思いもよらない結末。
観るものすべてに小さな幸せを感じさせてくれる映画が、ここに誕生した。

【STORY】
優しさが、映画の結末を変えた——
60代、40代、30代の予測不能な男女3組の物語が交錯する
佐藤は25年間働いたレストランを定年退職する。
8年前に離婚し、娘にも会えず独りきりの生活を続けていた彼は、人生はもう終わったと思っていた——
だが、小さな奇跡が思いがけない喜びをもたらす。

画家の父の影に苦しむ冨士夫は、酒と女に溺れる日々。
油絵教室を営みながらも自信を持てず、妻のミキとは別居中。
離婚は避けられないと思われたが、冨士夫の最後の告白がすべてを変えていく。

ホテル「ピッコラ・フェリチタ」で働く礼央は、カフェで出会った葵に一目惚れ。
ふたりはすぐに恋に落ちる——
葵を家まで送った礼央は、彼女の秘密を知ってしまい…愛は崩れ去ろうとしていた。

しかし最後には、登場人物たちが心をひとつにし、傷ついた心を希望へと変える奇跡が訪れる。

出演:水谷 豊、池谷のぶえ、菜葉菜、河相我聞、趣里、橋本 淳
企画・監督・脚本・プロデュース:水谷 豊
撮影監督:会田正裕 音楽:山元よしき
製作ブロダクション:TRYSOME BROS. 配給:TRYSOME BROS. 配給協力:東映エージエンシー
©Trysome Bros.

関連記事

バーチャルプロダクション
プロダクション
Huluドラマ『十角館の殺人』にフル活用されたインカメラVFXの可能性(前編)
プロダクション
Huluドラマ『十角館の殺人』にフル活用されたインカメラVFXの可能性(後編)
プロダクション
Huluドラマ『十角館の殺人』カラリストが語るインカメラVFXで挑んだ3つのハードル