MV監督 仲原 達彦の8mmフィルム愛。小さなフィルムに秘められた大きな可能性。

ひと昔前まで「商用で利用するには難しい」というイメージがあった8mmフィルム。最近はフィルムの改良や安定した現像技術により、臨場感や解像感、そして彩りのある画作りができるようになっている。

8mmフィルムの映像の魅力や撮影の楽しさ、そのポテンシャルを引き出す方法について、フィルムで多くのミュージックビデオを撮影してきたMV監督の仲原 達彦 氏と、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)でフィルムの現像やプリントを担う、フィルムプロセスグループの伊藤 諒司、三原 新、同社アーカイブコーディネーター 藤原 理子の四者が語る。

リモートで大阪プロダクションセンターの現像のスタッフと再会

対談者

MV監督:仲原 達彦 氏(カクバリズム)
フィルムプロセスグループ:伊藤 諒司(株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス)
フィルムプロセスグループ:三原 新(株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス)
アーカイブコーディネーター:藤原 理子(株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス)

仲原 達彦
カクバリズムでA&Rとして勤務
MV監督としても活動し、kojikoji、思い出野郎Aチーム、cero、スカート、ミツメ、Homecomings、Gotch、リュックと添い寝ごはん、Chilli Beans.などさまざまなアーティストのミュージックビデオを手がける

始まりは1万円で買った8mmシネカメラCanon 514 XLから

藤原:仲原さん、いつもフィルム現像のご依頼をありがとうございます。

仲原:こちらこそ、いつもありがとうございます。毎月1〜2本はフィルムで作品を撮っていますが、現像とスキャンは全部Imagica EMSさんにお願いしています。

藤原:とても光栄です。もちろんデジタルの撮影もされているわけですよね。そのなかでコンスタントにフィルム撮影もしているとは、お忙しそうですね。

仲原:いえいえ。これまでの僕の作品を観て依頼してくれるクライアントさんは、やっぱりフィルムの雰囲気に期待していることが多いです。それに僕のなかでも、できればフィルムで撮りたいという気持ちが前提にあります。

8mmか16mmの選択肢を伝えて、予算感やスケジュールがハマればフィルム撮影、叶わないときはデジタル撮影みたいな順番で提案していますね。デジタルで撮影してそこにフィルムを差し込むケースもあります。

愛機のフィルムカメラに囲まれた仲原監督

藤原:同じフィルム撮影でも8mmと16mmでは全く映像が異なりますよね。

仲原:そうなんですよ。16mmはデジタルよりも綺麗なんじゃないかって思えるような質感ですよね。もう前の話ですが、16mmで撮ったら「綺麗すぎてイメージしたフィルムの感じと違う」とお客さんから言われてしまったこともありました…(笑)

逆に、デジタルで撮った映像をフィルムっぽく加工すればいいよね、と言われる場合もあります。そういうとき、それっぽく似せることはできるけど、フィルムで撮った方が絶対簡単ですよという話をいつもします。MiniDVやHi8なんかもレトロな雰囲気はありますけど、やっぱり8mmフィルムがいいと思いますね。

藤原:そもそも、仲原さんはどんなきっかけで8mmフィルム撮影を始めたんですか?

仲原:もともとフィルム映画が好きだったことや、フィルム写真をずっと撮っていたこともあり、いつかはフィルムで映像を撮りたいと憧れていました。7年ほど前、中古カメラ屋さんで8mmカメラは売ってないですかと聞いたら、奥から持ってきてくれて。その頃は今ほど希少価値もついてなくて、ワーッとたくさんテーブルに並べてくれました。そのなかから動きそうなものを探して選んだのがCanonの 514 XLという8mmシネカメラでした。

純正のワイドコンバージョンレンズも付属しているCanon 1014 XL-S

店長さんに「いくらで欲しい?」と聞かれて、「1万ぐらいですかね?」と適当に答えたら言い値で売ってくれました。これはラッキーと。もっと安く言ってもそのまま売ってくれたかもしれません(笑)

使ってみるとちゃんと撮れたし、現像したらこれがすごく良くて。僕が思っていた感じの空気がそのまま撮れたので、その514 XLは壊れてしまったんですけど、その後もフィルムカメラを使い続けています。

「レトロ」という言葉では片づけられない8mmフィルムの底力

三原:この前(2023年5月)リリースされたkojikojiさんの『頬にひと口』、MVがとても綺麗で驚きました。現像の作業ではスキャンした画しか見られないので、どんな作品になるのかと気になっていましたが、YouTubeで観て、わあすごいと。

仲原さん特有の撮り方。撮影の仕方がすごく面白いです。

仲原:現像のプロにそう言ってもらえるとすごく嬉しいです。全体的にドキュメントタッチで撮っていて、細かいことを決めずに各シーンで細々と回しました。

藤原:作品のなかに代々木公園が登場しますよね。女性たちがピクニックしているシーン、太陽の光がすごく綺麗です。

アーカイブコーディネーター 藤原理子

仲原:夕方のちょうどいい時間で、やわらかい西陽の感じを捉えたくて、たぶんセオリーで適正とされる設定よりもかなり明るく撮ったと思います。暗く撮って全体が沈んでしまうよりもどこか飛んでるくらいの方がいいなみたいな感覚があって。

とはいえ、ドキュメントっぽく撮っていると露出を測る時間もないこともあるので、マニュアルとオートを使い分けているんですけど、僕のカメラはオートの捉え方もすごく優秀なんです。太陽の光源から人物にフォーカスを移動すると、明るさがスッと顔に合う。しかも、そのスピードも心地よい緩やかさで、僕が上手いというよりもカメラの力がすごいと思っています(笑)

伊藤:またまた(笑)でも確かに、フィルムカメラのAEって実はすごく優秀ですよね。室内で女性が食事をしているシーンでは、横顔をアップで撮っていますよね?それでもほとんどブレていなくて、仲原さんの腕力がすごいのかカメラが軽いのか(笑)、レンズのキレもいいんですかね?室内であそこまで輪郭がはっきり見えるのがすごいなあと。

仲原:8mmはフィルムが小さいのでカメラも小型軽量で、高級機になるとレンズもかなり高性能なので、狙った絵がきちんと撮れますね。

伊藤:ちなみに、フィルムはいつもどんなものを使っていますか?

仲原:僕はKodak VISION3 50Dが好きで、できるだけ50Dで撮るようにしています。他のカメラマンさんに聞くとKodak VISION3 500Tを使っている人が多いですが、500Tだとコントラストが強過ぎる気がして。映り過ぎちゃうというか。50Dの方が色彩が曖昧で、そこにフィルムらしさを感じます。

伊藤:鮮明だけどどこか曖昧で飽きのこない仲原さんの映像の世界観は、フィルム選びも関係しているんですね。

藤原:撮影現場の雰囲気も気になるんですけど…演者さんは見慣れたデジタルカメラとは明らかに違う機材で撮られるわけですよね。珍しがられませんか?

仲原:珍し過ぎて撮られている感覚がないみたいです(笑)kojikojiさんのMVもそうですが、照明を入れないことも多いから、スタッフの人数も少ないですし。しかも、撮影後にモニターでチェックもできないので、僕しか満足してないみたいな…現場ではみんな手応えなさそうにしてますね(笑)その分、演者さんはかなりリラックスしてくれていると思います。

藤原:とても面白い話。自然な雰囲気で被写体に近づき、手触りを感じる映像を収められるのは、フィルムだからこそなのかもしれませんね。ただ、収録できる尺が限られているという点で、監督は緊張しますね。

仲原:それがお恥ずかしながら、僕自身も全く緊張しません(笑)尺が限られているのも良い影響しかないなと思っていて。無駄に撮らないから、後で確認しても全部どこを使っても大丈夫みたいな撮れ高になります。ダラーっと回したとしても雰囲気のある画になる。逆に「いくぞ!」って意気込んで撮って、演者さんもキメ顔をつくってしまうとちょっと違う。気づいたら撮れてるぐらいが8mmには一番ちょうどいいんじゃないかなと。映像の質感だけでなく、モニターできない不便さとか、取り回しのしやすさとか、そういうところも含めて、8mmには「レトロ」という言葉では片づけられない底力があると思います。

フィルムの可能性を最大限に引き出す8mm増感現像

仲原:ここ最近はかなりの頻度でImagica EMSさんに現像をお願いしています。

伊藤:そうですね、ありがとうございます。フィルムを大阪のラボにお送りいただいて、到着した翌日の午前中にネガを現像します。午後にスキャンを終わらせてデータをクラウドにアップロードして納品させていただくという流れで、国内では一番早い納期を実現しています。

仲原:僕はとてもせっかちで編集も早いのでとても助かります。撮影シーンを全部覚えているので、忘れないうちにデータを送ってもらえると編集もさらにスムーズになります。

伊藤:そう言ってもらえると嬉しいです。8mmフィルムは16 mmや35 mmと比べるとフォーマットが細いので、他のフォーマットと一緒に現像機に流すのは怖くて。8mmだけ別で流すため、その分少し時間をいただいています。かなり気を遣って作業をする必要があり、8mmの現像では心臓がキュっとなります…。

「心臓がキュっとなります」

仲原:自分が緊張せずに撮影しているのに、なんだかすみません(笑)

三原:とんでもないです(笑)仲原さんのフィルム現像では、ご要望を受けて二倍増感を行い、高感度で明るく仕上げています。これはラボでも初めての試みでした。率直なところ、ご感想はいかがでしょうか?

仲原:素直にとても満足していて、データがあがってくるたびに毎回ビックリします。僕みたいにドキュメント風に撮っていくと、フィルムの明るさと撮影環境が合わないタイミングも多くて「このカットだけ増感したい」みたいなこともありますが、さすがにそれは難しい。それでも、増感する必要のないところも含めてまとめて増感しても、バランスよく全体が綺麗になるところにフィルムの不思議さや奥深さを感じます。

kojikojiさんの作品、いろいろなところで映像の美しさを褒めてもらえますが、撮影の段階でそういう特別な手応えはなく、今まで通りの自分の撮り方でした。こんなに綺麗な作品になったのは現像の力だと思っています。伊藤さんや三原さんなど、プロの方に褒めてもらえたことも嬉しくて、それからはみんなに自慢したくなっちゃいました(笑)

人の手を介して映像が浮かび上がるから、フィルムは愛おしい

伊藤:初めて仲原さんが現像のご依頼をくださったのは、フィルム撮影を始められてから間もないときでしたよね。

仲原:そうですね。まだYouTubeを観ながらフィルム交換のやり方を勉強しているようなときで、個人的にImagica EMSさんに問い合わせをしました。何もわからない僕に対して、担当者さんはとても丁寧にやり取りしてくれて、そのときの感じが忘れられません。あれから長いお付き合いになりましたが、現在のやりとりでも最初の印象のまま。ラボを見学させてもらいに行ったときも、僕1人でお邪魔したのに10人くらいの来客を迎えるような手厚い歓迎で(笑)嬉しかったです。

伊藤:ラボの見学、楽しんでもらえたようで何よりです!

仲原:現像やプリント、スキャンと、あれだけ大規模な機材を見せてもらえることはなかなかないのですごく感動しました。デジタルとは違い、フィルムはたくさんの工程を経てようやく作品になる。たくさんのプロフェッショナルな方たちが関わってようやく浮かび上がった映像を編集できるってすごく贅沢なことなんだと感じることができました。今では現像をお願いしているImagica EMSのみなさんも、撮影班の仲間と同じチームだと思っています。

三原:私たちも、仲原さんのように同世代の人が情熱をもってフィルム撮影をされていることがとても嬉しいです。

フィルムを愛する仲間の話は尽きない

仲原:僕も同じ思いです。話をしていてもフィルムへの愛情が伝わってきて、もちろん知識も僕より豊富ですし。ある意味で自分の感覚よりも頼っているところもあります。今後も一緒にフィルム映像の魅力をたくさんの人に届けていきたい。それに環境問題や、現像した後のネガを捨ててしまうのではなく、「その後のネガとしての生き方」も一緒に考えていきたいです。

伊藤:私たちもフィルムの映像をこれからも末長く作っていくために、環境測定や有機溶剤の回収・管理などを徹底しています。環境負荷の低い薬品や新しい技術にも目を向けているので、そんなお話も共有していきますね。またお時間があるときにラボに遊びにきてください!

仲原:ありがとうございます!また長居してしまいそう(笑)カメラマン仲間も誘って遊びに行きます。

全員で集合写真 左から仲原監督、伊藤、三原、藤原

当日の写真撮影の様子を広報スタッフが8mmで撮影してみました

仲原監督が8mmで撮影した作品を他にもご紹介します!

“mixtape” Special Film
https://www.instagram.com/reel/CpxL_zxJOYV/?utm_source=ig_web_copy_link&igshid=MzRlODBiNWFlZA%3D%3D

cero / ロープウェー
https://youtu.be/w-5S-fE-8sg

TENDRE / FLOWER
https://youtu.be/RwwQS1UXLwk

家入レオ / かわいい人(一部)
https://youtu.be/UGZ3wpAqDmE

Calvin Klein FW21 Campaign for Asia(一部)
https://vimeo.com/manage/videos/614408066