クリエイティブワークに集中するためのクラウドワークフロー

撮影から仕上げのポスプロ工程の各作業において、クリエイティブワークに優先的に時間とモチベーションを割り当てることは、映像制作に関わる方なら誰もが求めることかと思います。近い未来を考えた時に、どんなワークフローがその希望を叶えてくれるのでしょう?

そんな観点で2023年5月現在で活用できるクラウド技術を各工程で活用しながら、システムもコミュニケーション方法もこれまでとは違う、新しいワークフローで一つの作品を制作してみました。(実際に制作した作品は弊社のアニメーション制作ポストプロダクションのサービスを紹介する映像です。『荻窪アニメーションハウス 紹介映像』)

部分的ではなく、全面的にクラウド化

クラウド編集、リモートでのカラコレプレビューなど、部分的にはクラウドやネットワークの技術を活用したワークフローをご経験された方も多いと思います。今回はそこからさらに一歩進めて、撮影から仕上げまで全てのプロセスを全面的にクラウド化とリモート対応しました。

システム構成概要

ワークフロー全体をクラウド化するため、作業用のマシンもストレージもすべてクラウド上に構築します。これにより、ローカルマシンが一つでも残ることによって発生する「ファイルの送受信」という手間をゼロにします。
各工程で共通の素材にアクセスすることで、それぞれの時間軸で並行して作業を進めることが可能となります。

(図1)システム構成の全体像とワークフロー

主な準備システム

作業用インスタンス×2
(以下、それぞれインスタンスA、インスタンスBと呼称)
Amazon EC2
ストリーミングコントロール用インスタンスAmazon EC2
クラウド上の共有ストレージ3TB
オフライン編集 / カラコレ / オンラインBlackmagic Design DaVinci Resolve 18
ストリーミングコントロールソリューションColorfront Streaming Server
VFX作業Adobe After Effects、Photoshop、Illustrator
※対応スタッフはそれぞれの作業で別の専門スタッフによる対応

コミュニケーションのルール

今回の取り組みで特に実験的だった部分がコミュニケーション方法の制約です。それは、一切の連絡についてメールの使用を禁止するという思い切った試みです。
その代わりにSlackというコミュニケーションツール(チャット)を使用して連絡するというルールにしました。スクリプトを撮影日にタイムリーに連絡することや、オフライン編集の進捗や課題の連絡など、これまで以上に通知や連絡をタイムリーに行うことを目的にさまざまなコミュニケーションをSlackで行いました。
この中で撮影現場とのやりとりやポスプロ作業の確認、率直な意見など、制作スタッフ全体のコミュニケーションの質とスピードが変わっていくと感じられました。そこで交わされる情報が、当人だけでなく参加メンバーに共有されていることで、別のアイディアが生まれやすくなり、効率的なコラボレーションが実現できました。弊社の映像共有サービスCONEPIAと組み合わせることで、コミュニケーションの精度がさらに向上する可能性を感じました。

撮影からオフライン編集へ

まずは撮影の段階からクラウド技術を利用するべく、撮影されたその瞬間からオフラインメディアをそのままクラウドへアップロードできるようにしました(図1「撮影現場」からクラウドへ)。今回の撮影カメラALEXA Miniのモニタリングラインアウトに、カメラのスタート/ストップのトリガーと連動してクラウドへアップロードするシステムを連携させてこれを実現させました。

撮影現場とオフライン編集の連携

1テイクごとにアップロードされたオフラインメディアがクラウドストレージ領域に配置され、オフラインエディタがオフライン編集を開始できるようになります。ただし、オフライン編集を開始するにはスクリプトシートが同時にあることが望ましいので、スクリプトシートはSlackを利用してタイムリーに共有されるようにしました。また、オフラインエディタからの気付きも、監督、カメラマンへリアルタイムにSlackでフィードバックすることで、クリエイティブの精度を高めることができました。

2つのインスタンスを活用して並行するVFX〜ピクチャーロックへ

オフライン編集が進む間に、VFX作業も並行で実施します。どちらもクラウド上のマシンを使い、インスタンスAでオフライン編集中に、インスタンスBでVFX作業をしました(図1 いずれかのインスタンスにアクセス)。
作業スタッフは自宅からインスタンスにアクセスしてVFX作業を行い、進捗確認としてCONEPIAで映像をアップロードし監督にプレビュー。Slackによる指示と合わせてVFXカットの完成まで進めました。

今回準備したどちらのインスタンスもDaVinci ResolveやAfter Effects等が使える状態になっており、素材は2つのインスタンスからアクセスすることができるクラウド上の共有ストレージに配置しました。各ソフトのプロジェクトファイルもクラウドで共有しているので、それぞれの作業タイミングでインスタンスが入れ替わっても、あるいはカラコレやオンライン作業の仕込みで同じ時間に使用したくなったとしても、空いているほうのインスタンスにアクセスすることで柔軟に作業ができます。ソフトウェアを統一することでデータコンフォームの時間を低減する効果と、作業するタイミングを意識せずに変更を反映できるようにすることを狙いました。

今回は2つのインスタンスでまかなえましたが、クラウドなら作業のボリュームと期間に応じてすぐにインスタンスを増やすという、ローカルマシンで実施する作業にはない柔軟性があります。これがあると、作業環境の制約に気を取られずにクリエイティブワークに集中できると実感できました。

カラーグレーディングとオンライン編集の同時進行

ピクチャーロックの次は、カラコレ、オンライン編集と作業をしていきますが、今回はカラコレとオンライン編集も同時に実施しました。
インスタンスA、インスタンスBにそれぞれエディター、カラリストが同時にアクセスし、共通プロジェクトで作業を相互に反映させつつ、監督やカメラマンに同時に確認いただきながら作業を進めます。

(図2)クラウド上でカラーグレーディングとオンライン編集を同時に実施

クラウドから映像信号の送信

映像のクオリティを最終的に判断するマスターモニターでのモニタリングに際し、クラウド上の端末からどのようにSDI信号に相当する信号を受け取るかが一つのハードルでした。これにはIP伝送を用いて映像信号を伝送するNDI(Network Device Interface)というSDI/HDMIと親和性の高い伝送を採用しました。

(図3)NDIを使ってモニタリング用のインスタンスを切り替え

モニタリングの切り替えで効率的なプレビュー

モニタリング用に用意した3つめのインスタンスで動作しているストリーミングサーバーへNDI信号を入力できるようにインスタンスAならびにインスタンスBを設定しました。

このストリーミングサーバー上でスイッチングをおこなうことで、マスターモニターに入力される信号を切替え、カラコレと編集それぞれのモニタリングを必要なタイミングで即座に確認ができる構成にしました。
また、マスターモニターがある部屋とは異なる場所にも作業状況を共有するために、ストリーミングサーバーから、iOS上のアプリケーションにも配信してモニタリングできるようにしました。

柔軟性の高いクラウド上のシステムにより作業予定をフレキシブルに組むことができ、クリエイティブワークにより多くの時間を割り当てることができるようになります。

浮き彫りになった課題と今後のトライアル

今回の取り組みではすべてが順調にいったわけではなく、実は苦労した点もたくさんあり、課題も見えてきました。
準備するインスタンスを作業内容に合わせたスペックで的確に構築することや、画・音のディレイの解決、カラコレのコンソールをはじめとした特殊な外部入力機器へのケアなど、細かなノウハウの積み重ねが必要です。また、クラウド上のシステムは柔軟に構築できる利点がありますが、使用者が増えた際にはソフトウェアやプラグイン、フォントのライセンスのクリアランスも確保する必要があります。

モニタリング周りの信号の取り回しについては、今回はNDIを採用しましたが、AWS Cloud Digital Interface(AWS CDI)というAWS上で非圧縮動画を扱える信号もテストしており、各種ソフトウェアやモニターの組み合わせ次第では、より良いモニタリング環境を構築できる可能性もあります。

運用面での気づきも多くありました。クラウド利用・リモート作業には多くのメリットがありますが、実際にフェイス to フェイスで一緒に作業を進める中で生まれるアイディアも大切です。
今回その一つとして注力した取り組みが、撮影現場でのカラリスト立会いです。撮影にカラリストが立ち会うことで、ルック構築に良い影響がありました。それは、ネットワークを介した指示確認の際にも活きてきました。従来のカラコレルームでの立ち合い以外にもクリエイティビティを強化していく工夫がいろいろできると、参加したメンバー内でも声が上がっていました。

カラリストが撮影現場に立会い

ネットワークエンジニア、システムエンジニア、テクニカルディレクターを始め、カラリスト、エディター、VFXスタッフ、データマネージャー、カラーサイエンティスト、それぞれが今回のワークフロー構築に関わりましたが、これからも実際の立ち合い場面とネットワーク技術をうまく活かす体制の構築に努めてまいります。

新たなクラウドワークフロー紹介映像
~Next Generation Workflow~

<映像制作Staff>
director:則兼智志/music & mixer:永縄季歩・山田良歩/TD:保木明元/撮影&監修:松本渉/協力:コスモスペース