『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』~カメラマイクの音をシアトリカル環境へ昇華するミキシング技術~

2023年3月に開催された「2023 World Baseball Classic」で、3大会14年ぶりの世界一を果たした侍ジャパン。栗山英樹氏の監督就任から、対アメリカ戦で優勝を勝ち取る瞬間までを描いたドキュメンタリー映画『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』は、劇場で大ヒットとなり、SNS上には大絶賛の感想が溢れた。

映画監督の三木慎太郎氏がチームの専属カメラマンとなり、完全密着して撮影された本作。ハンディカメラのマイクで録音された素材のさまざまな課題をクリアし、劇場の音響空間でその感動や衝撃、臨場感を余すことなく伝えた秘訣とは?本作の「音」にフォーカスし、三木監督と、MA(音声編集)を担当したIMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)の渡部聖が制作の裏側を振り返る。


対談者

映画監督:三木 慎太郎 氏(株式会社ジェイ・スポーツ)
ミキシングエンジニア:渡部 聖(株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス)

三木 慎太郎
株式会社ジェイ・スポーツ所属。侍ジャパンの専属カメラマン・監督として、これまでに『侍の名のもとに 野球日本代表 侍ジャパンの800日』(2020年公開)・『あの日、侍がいたグラウンド』(2017年公開)などを製作。2023年に公開された最新作『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』は、世界一の偉業を成し遂げた侍ジャパンの雄姿を臨場感たっぷりに描き、大きな話題を集めた。

選手と同じ目線で激闘を捉えた至高のドキュメンタリー

渡部:三木さん、お久しぶりです。本作、大好評でしたね。

三木:お久しぶりです。おかげさまで、たくさんの人に観ていただけて嬉しく思っています。僕はこれまで、侍ジャパンや横浜DeNAベイスターズを追いかけた野球関連のドキュメンタリーを全部で7作手掛けてきましたが、渡部さんには本作を含めて3作のMAをお願いしましたね。

渡部:作品を重ねるごとに三木さんと選手たちの距離が近づいていくのを感じています。

三木:2017年のWBCや2021年の東京オリンピックの取材では、大会ルールやコロナによる観戦ルールなどもあって、かなり制約がありました。

それが今回のWBCでは、選手や監督以外にマネージャーや関係者数名しか入ることの許されないベンチの中まで入れたので、選手たちと同じ目線で激闘の熱を捉えることができました。たくさん作品を作ってきたことでチームが認めてくれたのかなと思います。

左 ミキシングエンジニア 渡部 聖

渡部:作中、ときどきカメラを向ける三木さんと選手たちが会話していますが、ちょっとしたやりとりから関係性が垣間見えて、それも面白かったです。とはいえ、しっかりと腰掛けてインタビューみたいなシーンはなかったですよね。

三木:そうですね。意識的にあえてやらないようにしました。僕が質問して引き出すのではなく、選手達から自然と出る言葉をそのまま伝えたかった。だから撮影中はできるだけ石ころのように空気を消していました。

取材中のエピソードを語る三木監督

渡部:ちゃんとしたインタビューシーンがあると音もクリアに録れているから、その分MAが楽になってありがたいんですけど、今回は手を抜けるところが全くなかったです(笑)

三木:大変だったでしょうね(笑)

渡部:選手がカメラを意識しないように、撮影の距離感にはかなり配慮されていると思いますが、そんななかでも選手のサービス精神が感じられる場面がたまにありますよね。特に、大谷翔平選手がバッティング練習中にカメラを回し始めるシーンには驚きました。

三木:あれには裏話があって…。対イタリア戦で、大谷選手がマウンドに立ったとき、普段は打たれないあの大谷が打たれ始めるという波乱の一幕がありました。そのとき、ベンチ裏で緊張した様子の彼に遠くからカメラを向けていると、「三木さん、いつまで撮ってるんですか。」と注意されてしまったんです。

試合の直後、自分としては若干気まずい空気のなか、準決勝に向けて選手たちと一緒にチャーター機でアメリカに飛び、その翌日に撮影したのが例のシーンです。ある大学の施設で練習中、僕が小型のカメラでヌートバーを撮っていると、突然別の方からフラッシュの音が聞こえてきました。そちらを見ると現地の記者達がシャッターを切る中心にいたのが、僕のビデオカメラのレンズを覗く大谷だったんです。

置いていたビデオカメラを勝手に持ち、彼は無邪気に撮影の仕方を質問してきました。直接何か昨日のことを話したわけではありませんでしたが、自分に気を遣ってくれてるんだなと、彼の優しさを感じましたね。

本人も忘れていた大切な言葉が繊細なMA技術で鮮明に蘇る

渡部:三木さんが初めてMAを外注しようと思ったきっかけを教えてください。

三木:僕が監督としてドキュメンタリーを撮り始めた初期の作品では、社内のオペレーターが全ての編集作業を行っていました。そのときに一番困ったのが「音」の問題です。基本的に現場ではハンディのビデオカメラ一つで撮影し、音はカメラの内蔵マイクだけで収録しています。できるだけ良い音で録るために外付けの単一指向性マイクも使っていますが、ノイズが多い環境で録った音はそのままだとどうしても聞き取りづらく、不快に感じる場合も多々あります。

一度外部のプロに任せてみようと、いろいろな人に相談してみたところ、勧められたのがImagica EMSでした。

渡部:周囲の人の声や風の音、車が走る音、服が擦れる音、記者のシャッター音など、常にさまざまなノイズが溢れる現場で、選手の言葉をクリアに収録することは難しいですよね。ドキュメンタリーのリアリティを重視してカメラマンの気配を消そうとするほど、選手達との距離が離れ、その分マイクが拾うノイズも多くなってしまう。ましてや選手は俳優ではないので、声を張るわけでもないですし。

ノイズに埋もれる声を丁寧に拾い出していく

三木:厳しい収録環境のなか、渡部さんのMAにこれまでに何度も助けられました。以前、テレビで東京オリンピックのドキュメンタリー番組を製作したとき、怪我をしてしまった柳田悠岐選手が清水雅治コーチに「潰れてもいいです」と大会出場を懇願する場面がありました。あのシーン、僕はヘッドホンで何回再生しても言葉が聞き取れず、思い切って清水コーチと柳田本人に聞いてみると、2人とも「覚えていない」と(笑)。真夏の芝生のグラウンドはスプリンクラーが回り、空にはヘリも飛んでいて、雑音で溢れていました。

それが、渡部さんに整音してもらうと「潰れてもいいです」という本人も忘れていた熱い台詞が蘇り、あれには局の担当者さんも驚いていましたね。

渡部:確かに、これまでも整音してから言葉が聞き取れるようになり、それに合わせてテロップを変えるみたいなことが何度かありましたね。特に本作は、劇場という余計な音が一切ない空間でもストレスなく作品を楽しめるように、テレビ放送以上にシビアに整音しました。

カメラの内蔵マイクと外付けマイクの音声素材に加え、テレビ放送の素材も提供してもらい、各シーンでバランスを調整。雑音が大きいシーンは、劇場の環境でも雑音が不快に感じないところまで全体のレベルを下げ、そのうえで聞かせたい台詞の成分のみを抽出し、際立たせるという作業を施していきました。単純に音をキレイに整えるのではなく、密着ならではのリアリティが伝わるように、あえてカメラマイクの生々しい音を活かしたシーンもあります。

三木:対メキシコ戦で佐々木朗希選手が降板するシーンはまさにそれでしたね。降板した後、彼がバックヤードで涙するところを離れた場所からズームで撮っているんですけど、渡部さんが整音した音声をプレビューすると鼻水を啜る音まで聞こえてきて。彼の悔しさを物語る大切な証だと思い、採用しました。

単なる技術者ではなくクリエイターとして。作品の魅力を音の抑揚で演出

渡部:本作の見どころは、なんと言っても臨場感。この言葉に尽きますよね。

三木:そうですね。映画を観た多くの人にもやっぱりそこは伝わったようです。スタジアムに広がる歓声の音とか、本当に圧倒されるものがありますよね。実際現場にいると、隣の人と会話ができないほどの音圧なんです。

渡部:ドラマ以上にドラマチックな展開と、それを間近に捉えた三木さんのカメラ…音を任せていただいた私としては、この奇跡のような素材を殺さぬよう、また誇張しすぎないようにバランスをとても大切にしました。

重視したのは、劇場でお客さんが130分間飽きずに楽しめること。物語としての起承転結を音量の抑揚や、音の広がりで表現しました。あえて無音にしたシーンも効果的だったと思います。

三木:クライマックスではあいみょんさんの楽曲が流れますが、イントロから目の覚めるような大音量で始まり、その後は選手たちの言葉に合わせて音量が繊細に変わっていきますよね。整音の技術だけでなく、そういったクリエイターとしての感覚もやっぱりすごいなあと。あの演出は改めて衝撃でしたよ。

渡部:あいみょんさんの楽曲が素晴らしいですからね。お客さんには「過去に観たダイジェスト映像の中で一番気持ちいい」と思ってもらえるように少し演出させてもらいました。

打ち合わせ不要・素材を受け取る前からイメージは万全。監督とMAエンジニアの信頼関係

三木:渡部さんにはいつも、細かなオーダーは何も伝えずに素材だけを渡してMAを進めてもらえて、本当に助かっています。最初のうちは事前にミーティングをしていましたが、いつもこちらの意図を汲み取りながら期待をさらに超えてくれるので、途中からは完全にお任せするようになりました。

渡部:そう言っていただけてとても嬉しいです。最初に三木さんからImagica EMSにMAのご相談をいただいたとき、私と同じく野球好きの営業からの推薦もあり、私が担当することになりました。今は三木さんの期待を背負っていることが自分自身のモチベーションになっています。

三木:回を追うごとに修正も少なくなり、同時に作業スピードもかなり早くなっていますよね。

渡部:素材をもらう前からテレビ中継を見て、どんなスタジアムの環境でどんなふうに撮影しているのか、イメージを膨らませています。同時に、一人の野球ファンとして三木さんと同じ気持ちで監督や選手の戦いを見守っているので、三木さんがどんなシーンを撮っていて、どんなシーンを山場にするのか事前にシミュレーションできていて、作業するときには迷いがありません。

三木:改めて、本作でもImagica EMSさんのMAに本当に助けてもらいました。民生機のマイクで収録したスタジアムの大歓声や選手達の躍動が、劇場で見事に再現されました。

2023年WBCの優勝で日本の野球は勢い付き、2024年のWBSCプレミア12ではさらなる活躍が期待できます。そのときは再び日本中が熱狂するはず!また密着させてもらえることになった際は、ぜひMAをお願いします!録音機材の見直しも考えているので、そのことも相談させてください。

渡部:僕自身も、今回の侍ジャパンの戦いぶりから大きな感動をもらいました。そして、そんな戦いの記録作品にMAという立場で携わることができたことは、自分の人生のなかでも誇れる出来事です。

今後の撮影に向けて、三木さんとしてはより良い録音設備を揃えることも考えているのかもしれませんが、今の手軽さが損なわれることで密着しづらくなったり、仰々しい機材で選手が身構えてしまうと本末転倒です。音のことは今後もImagica EMSが最大限サポートさせていただきますので、三木さんは引き続き独自のスタイルで誰よりも選手に迫り、その裏側を私たちに伝えてください。

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