映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』の“あのシーン”はこうして作られた
「このシーンでは、最終的にアニメーションから実写になる瞬間をどうすればいいのかわからなかったんです。あのフラッシュっぽい、パン!と色づいていきながら実写になる効果を古橋さんがやってくださったとき、これは、イケたなと思いました。緻密に動かしていたものをいきなりジャンプさせた感じではなく、一連の流れにすることができたので」
“妻に不倫がバレてる?”
—— 映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』のストーリーが、一気にスリリングな方向に転換していく重要なシーン。
きめ細かな漫画からアニメーション、実写へと乗り替わるこのシーンでは綿密な打ち合わせと試作を経て完成した当社のVFX技術が用いられている。堀江貴大監督と当社スタッフの対談から、“あのシーン”のVFX制作の舞台裏を解説する。
【あらすじ】
結婚5年目の佐和子(黒木 華)・俊夫(柄本 佑)の漫画家夫妻。ある日、俊夫は妻が描いた新作漫画のネームを見てしまう。そのテーマは「不倫」。そこには、自分たちとよく似た夫婦の姿が描かれ、佐和子の担当編集者・千佳(奈緒)と不倫をしていた俊夫は、浮気がバレたかもしれないと精神的に追い詰められていく。さらに物語は、佐和子と自動車教習所の若い先生との淡い恋へ急展開。佐和子も浮気をしているのか? この漫画は、完全な創作? それとも俊夫の不貞に対する、佐和子流の復讐なのか!? 恐怖と嫉妬に震える俊夫は、やがて現実と漫画の境界が曖昧になっていく…。
観たことがない夫婦ものをやりたかった
堀江貴大監督(以下、堀江監督):TCP(TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM)※1 の企画募集に出そうと最初に考えていた企画は、自動車教習所で教習生が駆け落ちをするという話だったんです。でもプロットを書こうとして煮詰まって進まなくなって。僕は煮詰まると本屋に立ち読みに行くんですが、ちょうど不倫漫画を特集していた記事が目に入って、不倫漫画の話をやろうと思いついたのが始まりです。
題材は不倫ですが、ドロドロしたシリアスなものを書くことには前向きになれなくて、少し笑える話にしたかった。不倫をされたから“やり返す復讐劇”ではあるけれど、それを回りくどくして、ちょっと滑稽な感じにしたいなと。
“妻が夫に不倫されることを描いた漫画の「虚構と現実」が入り乱れ、作品を観ているお客さんはいい感じの混乱をしていく”という内容はTCPへ企画応募した時点で決まっていました。
このシーンが作品のキーになる
堀江監督:脚本として文字で書いていたときは「漫画がアニメーションになり、実写になって、カメラがふたりの周りをぐるぐる回る」と書いていました。漫画が実写になっていく、つまり現実になっていくということをお客さんがすんなり受け入れられるようにするために、途切れない流れとして描きたくて。
実際にそれを演じた俳優部のみなさんも完成した映像を見て「こういうイメージだったんですね」とおっしゃっていました。撮影スタッフにはイメージを共有できるようになるべく言語化していたのですが、とても難しい部分でした。
古橋由衣(以下、古橋):監督からイメージをお聞きして、面白い試みだと思いました。わたしたちVFXチームとしてもアニメーションを挟む処理をすることは初めての試みでした。このシーンが作品のキーになるだろうから、“漫画”と“アニメーション”の未知のジャンルをどうやって組み込むのかが課題だと思いました。
実際にはどういうふうにしたらいいのか?それを具体化したくて、クランクイン前に、監督・キャメラマンをはじめ各部の皆さんとテスト撮影をすることにしたんです。アニメーションから実写に切り替わるスピードや人物の角度などを綿密に計算していきました。
堀江監督:そうでしたね、柄本さん演じる俊夫が奈緒さん演じる千佳の腰に手を回すとか、細かい部分をアニメーションにしたときに、動いている感じを出すためには手をどう動かしたらいいのかなど、計算していきました。
—— 実際に撮ったテスト映像をアニメーターに渡して作画し、CGの試作を繰り返していく…という流れで制作が進められた。
堀江監督:絵は何枚必要なのか、何秒分なのか、カメラが360度回り込んでいくので、それを決めていく必要がありました。千佳の顔はどのタイミングでどれくらいの角度で見えるのかを気にしていました。
古橋:漫画では俊夫と千佳のツーショットは横位置と決まっていたので、どのくらいのアングルまでカメラが回れば表情が見えるのかをテストで探っていきました。
「背景がないから難しい」アニメーションの難所
—— テスト撮影を行ってVFX処理を施してみると、具体的なイメージは掴めたものの、多くの課題が見つかった。
堀江監督:アニメーションを回すのは背景がないから難しいんですよ。実写だと背景が回るから動いているのがわかりますけど、最初は白のネーム原稿なので回転感がない。そこで彩色していくというアイデアが出ました。
古橋:実際にVFX処理をやってみると、アニメーションの段階では奈緒さんの顔が見えてくるまでそんなにカメラは回りこまないとわかって。カメラワークを感じさせるために、人物の背景に流れる光の玉をCGで足しつつ、実写映像とグラデーションした際に違和感がないようにしました。
ネーム原稿は白黒なので、色をつけたときに作品の世界観とそぐわないのもおかしい感じになってしまいます。そこで、劇中でカラー原稿が出されるシーンがあったので、それに似たような色味とタッチをアニメーションにもつけていくことにしました。その色味が水彩っぽい感じだったので、俊夫の汗がポタッと落ちる水っぽさと水彩の色をうまく組み合わせたいとご提案しました。
堀江監督:ネーム原稿からカメラが引いていくというのもあったので、どのタイミングで静止画だった人物が動き始めて、何秒後に色がついて実写に変わるのか、を詰めていきました。アニメーションから実写に切り替わるトランジションをどうするかは悩みました。
古橋:漫画が動いてアニメーションになり、それが実写に乗り変わっていくので、アニメーションは漫画よりも実写に近づけていく必要があります。そのトレース作業のミックスをどこにするかは、よく話し合いましたね。
堀江監督:そうそう、そのまま漫画がアニメーションとして動くと、実写になったときにはっきりとした落差が生まれるので、だんだん本人たちに近づけていくという。
古橋:最後のほうは漫画よりも実写に近づけたいので、コマ数を実写寄りにしてシームレスにつながるようにしていきました。あと、ネームと実写の間に入るアニメーションの絵柄をどうするかというのも課題のひとつでしたね。
通常のアニメーション作品はアウトラインがハッキリしているので、シームレスに綺麗な動きになります。テストのときは作画をアニメーション制作会社さんにお願いしていたんですが、ネーム原稿の絵はタッチが違うので、それをアニメーションの線で表現してしまうと、動きは自然だけどのっぺりした感じになるんです。
作画の漫画家の先生が描かれたタッチを活かすなら、ちょっと荒々しくてもアウトラインが暴れていて、線が複数ある感じにしたほうが見栄えがいいかもしれない、と監督にお話して、それを確かめるためにもテスト撮影をしたというのもあります。結果、線がきっちりあるものを描いていただくよりも、“漫画が動き出した”ことがわかるように、漫画の線の印象を重要視した絵を描いていただくことになりました。
堀江監督:結局それは、演出部の浜崎(初菜)助監督に描いてもらうことにしたんです。以前、浜崎さんが描いたアニメーションを観たことがあって、それがすごすぎたのでお願いしました。
みなさんに試行錯誤していただいきて、何度もラフをあげていただいたものに、もっとこうしたい、というのを僕が絵が描けないから言語でイメージを伝えていって。言語でイメージを伝えるのって難しいんですけど、何度もラフをあげてもらい、みんなの共通イメージをすり合わせていけたので、やりやすかったです。
劇場で観ていても前のめりになれるシーンになった
小越 将(以下、小越):このシーンに関しては、俊夫の汗が落ちて広がっていくところのイメージは編集の段階では決まっていませんでしたよね。
堀江監督:そうでしたね。汗から色を広げたいということと、どの位置に汗を落としたらいいか編集中には話してて。汗をちょっと目立たせたいから、白い紙に汗が落ちてもあまりわからないよね、とか。汗にこだわったのは、夏の暑い日という設定だったので、蒸し暑い感じを出したかったんです。ステンドグラスのライトを置いて、その光源を際立たせたいと北山さんから提案いただきましたね。
北山夢人(以下、北山):ロケーションもあそこはよかったですよね。ここはワンタッチ、ツータッチで暑い感じに見えればという話をしました。
堀江監督:このシーンが映画の入り口になるというか、観たお客さんには「こういう映画になるんです」というのをすんなり受け入れてもらって、ストーリーに引き込んでいきたかったんです。
佐和子の目線でもないし、俊夫が勝手に妄想したことを実写映像化してるこのシーンでは、シンプルにエモーションとして盛り上げたくて、カメラがぐるぐる回って、絵が動き出して、実写に変わったときに何故かキラキラしている、というのをやりたいと北山さんとも話していましたが、それがうまくできましたよね。
北山:そうですね。この作品の中で、一番キラキラしていて、いい意味でぽわんとしたした雰囲気になりましたよね。作品全体の中では他のシーンと一線を画す印象になったと思います。
堀江監督:実際、僕も劇場へ観にいったときに前のめりになれる瞬間になったので、お客さんにとっても印象に残ったんじゃないかなと思っています。
物語の後半は、漫画と実写を行ったり来たりするカットになって、ライティングが変わるため、漫画の中身を実写化している部分と現実のシーンとの差をライティングの変化が微妙にわかるようにして、カラーグレーディングでは北山さんにもう少しその差を強調をしてもらいました。
北山:グレーディングに関しては、ベースのトーンは撮影の平野(礼)さんからの指定があったので、それをベースにシーンごとに考えていきました。ファンタジーや日本映画的なしっとりさ、ホラー的な要素といろいろなジャンルが入っている作品だったので、そこを活かせるようにと考えていきました。
古橋:あと、撮影が延びて日が暮れて夕方になってしまったのでグレーディングで修正したりもしましたね。
北山:やりましたね、確かに。
堀江監督:何パターンもの合成チェックを試写室でできたのはよかったですね。モニター上ではわからない、映画館での実際の観え方のチェックができたので。
それで言うと、撮影地の地名を出したくないので消していただいたりもしましたが、今だから言えるんですけど“ハエ”消さなくてもよかったな、と…
公開されたあとに、大きな画面で観てみると、あのロケーションの世界観というか、夏の暑い中で「虫ぐらいいるよな」という感じがして、余計な手間をおかけしてしまいました。
—— 映画の中で効果的に使われるVFXには、目立たない仕事もあれば観客を驚かすインパクトのある効果もあります。堀江監督のイメージを具現化するため企画段階からサポートさせていただいたことで、仕上がりとしてCGであることを観客に意識されずに、作品の世界観に引き込む効果的な役割を果たすことができました。
堀江監督:字幕で観てもらったのに、ちゃんと笑いが起きていたと聞きました。余談ですけど、最初は佐和子は小説家という設定も考えていたんですけど、漫画にしてよかったですね。小説ならたぶんIMAGICAさんとご一緒できていなかったですよね(笑)
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』
Blu-ray・DVD好評発売中
Blu-ray価格:5,170円(税抜価格4,700円)
DVD価格:4,180円(税抜価格3,800円)
※TSUTAYA DVD先行レンタル中
発売元・ レンタル 販売元: カルチュア・ パブリッシャーズ
セル販売元: KADOKAWA
※1)TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM(TCP)とは?
TSUTAYAが開催するコンペティションで、「本当に観たい映像企画」を募集から映画化までバックアップするプログラム。完成した作品ではなく、映像企画の募集のため、プロだけでなく「映画を作りたいが、作り方がわからない」アマチュアも応募することができる。グランプリを受賞した企画はTSUTAYAが総製作費(5,000万円超)をバックアップし、映像化までサポートしてもらえる。
2015年からスタートした本プログラムは、これまでに9作品を劇場公開、『嘘を愛する女』『哀愁しんでれら』『マイ・ダディ』などの話題作を輩出。9月1日(木)には10作目の公開作となる『この子は邪悪』が全国公開される。