『復讐は私にまかせて』〜海を越えた16mmフィルム撮影とカラーグレーディング

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「私はいつもフィルムを使った映画制作に魅了されています。それは魔法のプロセスであるだけでなく、イメージに美しい色とコントラストを与えてくれます。フィルムで映画を撮るとき、時を止め/保持するだけでなく、においさえも閉じ込めることができる気がするのです。その魔法のような、そして手触りがある質感こそが、私が映画を撮るときにフィルムを選ぶ理由です。アナログの映写機で映画を見るとき、私の感覚すべてが研ぎ澄まされているような気がします。映画をフィルムで観たり、撮影したりできる経験をとてもうれしく思っています。このフィルムの技術が消えることがないように願っています。」

エドウィン監督

エドウィン監督:インドネシアの映画監督。初長編作品『空を飛びたい盲目のブタ』(’08)はロッテルダム国際映画祭でFIPRESCI賞を受賞、長編2作目の『動物園からのポストカード』(’12)は、ベルリン国際映画祭コンペティション部門に入選など国際的にも高い評価を集めている。本作は第74回ロカルノ国際映画祭金豹賞を受賞。

8月20日(土)より全国にて順次公開される『復讐は私にまかせて』(原題『Vengeance Is Mine, All Others Pay Cash』)は、インドネシアにて16mmフィルムで撮影され、コロナ禍による中断を経て撮了。渡航制限のある中、ポスプロ作業においてもリモートグレーディングの制作技術を用いて仕上げられた作品です。

プリプロ〜テスト撮影〜ワークフロー決定

2018年秋、芦澤カメラマンからエドウィン監督の新たな作品をインドネシアロケで16mmフィルム撮影したいと相談がありました。当初、現像はタイのバンコクにある現像所と当社(当時のIMAGICA Lab.)のどちらで行うか決めかねている段階でしたが、2019年10月にテスト撮影を行い、現像は当社が行うことになりました。

現像は当社の大阪事業所で、フィルムスキャニングとデイリー作成を東京事業所(五反田)にて行い、グレーディングをタイのバンコクで行うワークフローが選択されました。テストピースを元に実際に16mmネガ現像、Cine Vivo®️による4Kスキャン、LUTを作成してテストグレーディングを行い、監督から「とても良いルックでフィルムを選択した意味合いが現れている」との評価をいただきました。

プリプロ段階で確認したワークフロー

芦澤カメラマンと撮影現場スタッフ、そして当社のスタッフがプロデューサーのメイスクさんと共に撮影前に相談を重ねていった結果、エドウィン監督からは「プリプロダクションは映画制作において大変重要で、もっとも楽しい工程だということを学びました。そして、プリプロダクションは我々映画人、そして人間としての知識や経験を共有するものだということがわかりました」とのコメントもいただきました。

クランクイン、そして撮影中断

2020年2月26日にクランクイン。

2月28日初回の撮影済未現像ネガが東京の事業所に持ち込まれ、週明けの3月2日に現像作業を行いました。3月4日、デイリーラッシュを確認したカラリスト鳥海重幸から、芦澤カメラマン・浜田チーフへ“ルックも非常に良好であった”ことをメールにて報告。

デイリーのチェック用メディアはフィルムタイプ×現像プロセス毎のLUTを使用してMP4を作成。オフライン編集用のメディアはProRes LTのQTをLog階調のまま作成、使用したLUTと共に当社ネットワーク転送サービスにより納品しました。
また、デイリーチェックの結果報告は当社テクニカルディレクター石橋英治が担当し、都度メールにて撮影現場・バンコクのオフライン編集スタッフにフィードバックする体制を構築しました。

フィルムタイプ7219(500T)・7203(50D)
現像プロセスノーマル・2倍増感・1/2減感・1/4減感・1/8減感

撮影も終盤に差し掛かった20年3月中旬、インドネシアにて新型コロナウイルス感染症が流行し始め、3月末で撮影を中断せざるをえないとの連絡が入りました。予定の撮影を数日残し、日本のクルーは一旦帰国ぜざるを得ない状況となりました。

撮影再開後の新たなワークフロー構築

しかし、ここでもプリプロでのすり合わせで土台があったために、いくつかのハードルを乗り越えることができました。

8月に撮影を再開することになり、インドネシアに渡航する芦澤カメラマンご本人がスキャンデータが収録されたHDD(10TB)をハンドキャリーで運搬。

20年8月10日、芦澤カメラマンから「なんとか終わった」と撮影終了の連絡をいただいた時は当社のスタッフ一同も胸を撫で下ろしました。最後の撮影済は芦澤カメラマン自らハンドキャリーで運搬することが決まっていましたが、20缶という分量を一人で運搬するのは相当にタフな作業であったと思われます。

再開分撮影済未現像ネガを入荷し現像作業を行い、スキャニング作業、デイリーメディアの作成とネットワーク転送納品も無事に完了しました。

しかし、その後の渡航制限は大きな問題として、立ちはだかりました。グレーディングを行うバンコクに芦澤カメラマンが向かうことができないのです。

バンコクと東京のリモートグレーディング

20年9月に入り、渡航制限がある中でも制作を進めていくため、バンコクとリモートでグレーディングを行う検討を行いました。グレーダーの山口登を始め当社のチームが検討を重ねた結果、下記の環境のもとでDaVinci Resolveのリモートグレーディング機能を使用することになりました。

【リモートグレーディングの環境整備】

  • 双方で同じ素材(データ)の保持
    ⇒当社ではThunderbolt 3接続のRAIDにスキャンデータとバンコクから入荷したVFXカットを収録
  • Resolveのバージョンの統一
  • Resolveプロジェクトは同じものを共有(タイにて作成されたものを当社にも共有)
    ⇒頂いたプロジェクトを開き、素材のリリンクを行う
  • タイ側で使用(必要)しているプラグインと同一のものを保持
  • タイ側のワークステーションのネットワーク設定確認
  • 当社マシンのインターネット接続
  • ソフトウェア側(Resolve)のセッティング

さらに、インドネシア・バンコク・当社間でリモートミーティングを行い、下記内容を確認しました。

※敬称略

プロジェクター設定Rec709 Gamma2.4 6500K
使用LUT撮影時のフィルムタイプ×現像プロセス毎のLUTを使用
作業時間1日10時間 バンコクとの2時間の時差を鑑み、各日11時開始とする
カラリストDew (White Light Studio Co.Ltd.)
グレーディングアドバイザー鳥海重幸
リモートグレーディングオペレーション山口登、斎藤岳史
コミュニケーションツールGoogle Meet
通訳伊野瀬 優

3カ国をまたいで行われた約3週間の間の工程は、下記の流れで行われました。

これらのプロセスを経て無事に初号を迎えることができました。

リモートグレーディングの評価とフィルム撮影の意義

「予想通りとても良いものとなり、大変満足しています。グレーディング済のバージョンを大きなスクリーンで見たのですが、画の色味やテクスチャーは私の感覚に匂いさえもが飛び出してくるようなイメージでした。とても美しい体験となりました。オンライングレーディングは私にとって新しい経験でした。技術的な準備を徹底してくださったので、すべての工程はとてもスムーズでした。

撮影中のエドウィン監督(提供:JAIHO)

プリプロダクション中にいくつかのテストを行ったので、グレーディングプロセスはうまくいったと思います。私はフィルム(セルロイド)が表現してくれる細部を愛しています。フィルムを使っての表現はいつも素晴らしいです。フィルムのディテールは常に想像力を刺激してくれます。私たちは色とディテールを求め、観客により多くの想像力をもたらします。それこそが、制作全体を通して維持したいことです」

また、プロデューサーのメイスクさんは本作を16㎜フィルムで撮影した意義と意味を熱く語ってくれました。

「この作品の製作から、フィルムでの撮影に関してとてもたくさんのことを学びました。インドネシアでは、映画製作やフィルムでの映画撮影のための選択肢が非常に限られていることがわかりました。インドネシアには、生フィルムの販売業者、現像、スキャン、プリントができる現像所がありません。そのため、フィルムでの映画製作の文化や技術者はほとんどないことになります。フィルムでの映画製作の知識がある技術者の数は限られています。これは映画産業全体をみても、特に芸術的な観点からは想像性の発展に対して脅威だと考えます。フィルムは表現のための媒体です。
フィルムにアクセスできないということは、幅広い映画を知らない、または理解できない世代がいるということを意味します。
言い換えれば、作り手においても、受け手の観客においても、映画に触れる経験が欠けているということなのです。
私は今回のテストで初めてラッシュを見たとき、これがやりたいことだと確信しました。
フィルムのルック、色、質感が懐かしかったです。フィルムで映画を完成させたいと思い、フィルムを選ぶことがこの作品に最適だと確信しました。以来、私はその決断を一度も後悔しませんでした。とても結果には満足しています。関わってくださったいろいろな国のチームに敬意をもっています。世界中の観客に誇りをもってこの作品を届けたいです。」

後日、来日した際に大阪プロダクションセンターにご来社されたエドウィン監督:現像設備やタイミングなど当社設備を熱心に見学。
左はラボコーディネーターの藤原理子、右はフィルムプロセススタッフの伊藤諒司

アジアの才能と日本のクルーの仕事によって困難な状況を乗り越えて制作された本作は、8月20日より下記の劇場で公開されます。
難しい状況を乗り越え、情熱的な作り手の想いを共に形にして観客に届けることができ、ラボとしても誇りが持てる作品です。

『復讐は私にまかせて』
8/20(土)全国順次ロードショー

監督:エドウィン 撮影:芦澤明子
出演: マルティーノ・リオ、ラディア・シェリル、ラトゥ・フェリーシャ、レザ・ラハディアンほか

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※ 本記事は「映画テレビ技術 2021年 4月号 No.824」に掲載された記事を再編集したものです。