『殺しの烙印』4Kデジタル復元版のレストレーション作業レポート
2022年10月3日、5日そして20日の3回にわたり日活株式会社様のご好意により、当社の第1試写室にて鈴木清順監督の『殺しの烙印』4Kデジタル復元版の関係者試写会が行われた。
本作のレストレーションに携わったスタッフは、この復元版が海外で高く評価されたことの喜びを分かち合った。
今回の賞は『最優秀復元映画賞』ですので、作品の内容だけでなく、その高い修復技術に対する評価でもあります。その点でこの受賞は、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス様の高い技術力と、豊富な知見無しには成しえなかったと思っております。このような素晴らしい結果につながった喜びを、修復スタッフの皆さんをはじめ、御社と分かち合うことができ大変光栄に思っており、これまでの長きに亘るご協力にあらためて感謝致します。これからも、クラシック映画の魅力を世界に発信するパートナーとして、お力添えいただければ幸いです。
日活株式会社 林宏之
『殺しの烙印』作品紹介
<清順美学>が全編に緊張感と笑いを孕む異色のハードボイルド。異才・鈴木清順監督の唯一無二の問題作!プロの殺し屋ランキングNo.3の花田は、組織の幹部を護送する途中でNo.2とNo.4の殺し屋たちに襲撃されながらも任務を終え、殺し屋No.2へランクを上げる。さらに上を目指す花田だったが、次の仕事で失敗すると、組織は美女・美沙子を差し向ける。惹かれ合う二人ーー。一方、花田は殺し屋No.1・大類ともトップの座を賭けて対決することになり・・・。
クエンティン・タランティーノ、ジム・ジャームッシュ、デイミアン・チャゼル、ポン・ジュノ、ウォン・カーウァイ・・・、多くの海外の監督からもリスペクトされる鈴木清順のスタイリッシュな魅力にあふれる異色のアクション映画。
修復に使用した素材は現存する35mmオリジナル・ネガ
本作のレストレーション作業にあたっては、日活様よりご提供された下記の素材を使用。
映像 | 35mm オリジナル画ネガ(全 8 巻)<本編> |
音声 | 35mm オリジナル音ネガ(全 8 巻)<本編> |
オリジナルネガの画ネガは KODAK 社製(1965 年製造フィルム)と FUJIFILM 社製(1966年4月〜6 月製造フィルム)が混在して使用されていた。
音ネガはFUJIFILM社製(製造年月は1967年1月〜3月)。音の種類は波形を面積で記録するエリアタイプだった。スプライス箇所付近に破損が多く見受けられ、既に入荷時よりテープでの補修が施されている状態であり、一部追加の補正を施した。
画ネガ音ネガ共に多少劣化の症状は始まっているものの、物理的なコンディションは大きな問題はなかった。画ネガは全巻共にキズ、汚れ、フィルムベースのムラなどが所々に見受けられるが、技術者による修復や、機材の調整で十分対応できる状態だった。
本作のレストレーション作業の内容
フィルムの物理修復・クリーニング
オリジナルネガは繋ぎ目の強度の確認を行い、必要箇所にテープによる補修を施した。フィルムベースに付着した汚れに関しては手作業にて汚れの除去を行い、物理修復の仕上げとしてフィルム専用の溶剤でクリーニングを施した。
4Kオーバースキャン
オリジナルネガより Lasergraphics 社スキャナーScanStation にて 4K Oversized Scan
(4300x3312 10bit log DPX)を行いデジタル化。レストレーション作業においてはオーバースキャン することによって、フィルムのエッジやパーフォレーションなどの画面外の情報を活用することができ、デジタル画像修復の後工程の作業の正確性を高めることができる。
デジタル画像修復
デジタル修復を始める前に完成形の目処をたてるためのプリグレーディングを行う。そして、画面の揺れを抑えるスタビライズ、明暗差のフリッカーの除去、ゴミや縦傷を修正。
図書資料なども参考に、過去のビデオマスターも参考に解釈の間違いが内容に確認しながらの作業。
グレーディング
本作品はモノクロ作品のため、明暗・コントラスト調整によるグレーディングを行う。スクリーングレーディングができる竹芝メディアスタジオの402において、日活・及び国際交流基金のご担当者各位にもお立ち会いいただき、上映用プリント作成時に施されていたタイミング(フィルムフローにおける明暗・濃度補正)を再現する。モノクロ作品は色の成分が無くカットごとの調子のばらつきは目立ちやすいため、1カットずつ丁寧に確認と調整を進めていった。
音声の修復
音声は音ネガからReproducerによる音抜き(音声のデジタル化)でリニアPCMのwavデータ(24bit/48kHz)を作成し、デジタル修復を行う。全体的な音質調整に加え、ヒスノイズやクリックノイズなど、フィルム特有の経年症状や、デジタル化に伴い過度に目立ってしまうものに対して丁寧にノイズリダクションを施した。特に、本作ではラストシーンが緊迫した静寂に包まれるため、全体との調和のとり方が難しい修復となった。
デジタル修復の方針
作品の本来の姿を活かすため、過剰な修復を行わない方針でデジタル修復の作業が進められた。
例えば、スタッフ・機材の映り込みや、コマ飛び(画のスキップ)などは、本来の意図ではない可能性もあるが、当時の技術者・制作者の判断で最終的に選択された結果であること、当時の技術で対処を施したあとの、完成時のありのままの姿であるという考えから、デジタル技術を用いた修正・補正は行っていない。
一方、ヒゲの写り込み(アパーチャー等に付着した糸くず)のような当時の技術的な不具合は、協議の上、鑑賞の妨げになったり、高画質化に伴い従来より目立つ部分のみを修復の対象とした。
全体的には観客が作品に集中できるように、経年によって生じた症状である傷や汚れを中心に修復している。そしてフィルム作品のデジタル修復において重要なポイントとなるグレイン(粒状性)については、スクリーン上映をターゲットとし、コントロールをしたうえで適切に残して、フィルムの質感を活かしている
素材の保管状態について
フィルム原版は、保管状態が悪ければたった数年でカーリングやビネガーシンドロームによって劣化が進行し、最終的には画や音が取り出せない状態になってしまう。本作の素材は保管状態が良く、経年劣化によるダメージが少なかったため、完成度の高い復元を行うことができた。また、情報量の多いネガにアクセスできたことも幸いした。
もし元の画像が完全に失われている箇所がある場合、修復作業には大きな課題が突きつけられることもある。作品本来の姿では無くなってしまっている状況に加えて、無いものを復活させるのは、時として想像が入り込む可能性もあり、高度なレストレーション技術だけではなく、適切な調査を基にした、慎重な判断も求められる。
一方で一定の時期以降のフィルム原版は適切な環境で保管すれば、物質的に安定しているため長期の保存にも耐える特性がある。カラー作品の場合は、三原色に分解してそれぞれの色の原版を残すことで将来的な高解像度化にも対応できる可能性を残すことができる。
旧作のレストレーションにおいてはデジタル修復・復元技術だけではなく「いかにフィルムが適切に保管されていたか」といったことが、最終的な仕上がりにも大きな影響を及ぼすことが少なくない。
旧作の価値が失われていく前に
日本映画にはこれまで国際的にも評価の高い数々の作品がある。しかし、デジタルによる視聴が一般的な現在において、そのアセットが最適な状態では無いことも少なくない。特にフィルム原版が残っている場合は、経年劣化が進行してしまう前にフィルムの状態を保つ処置を行うと共に、デジタル化と修復を行うことで、作品の価値を現在に蘇らせることができる。
『殺しの烙印』デジタル復元版
11/3(木・祝)~11/10(木)シネスイッチ銀座にて上映
※全国順次公開
監督:鈴木清順 撮影:長塚一栄
出演:宍戸錠 南原宏治 真理アンヌ
(C)日活