『怪物の木こり』自由度の高いデジタル全盛の時代に、あえてフィルム仕上げのようなアプローチでルックを作り上げるということ

©2023「怪物の木こり」製作委員会

カラリストとしての北信康カメラマンとの関係

『怪物の木こり』は三池崇史監督が描くサイコスリラー作品。撮影の北信康カメラマンとは、同じく三池監督作品である『土竜の唄 潜入捜査官 REIJI』で初めてカラーグレーディングを担当させていただいて以来、10年以上に渡り10作品を超える長編作品でご一緒しています。

カラーグレーディングでは作品の世界観や登場人物の感情を映像の色合いによって表現していくことがありますが、作品の第一印象を決定づける要素でもあり、作品の魅力を伝える重要なものと感じています。

北カメラマンとはこれまでにも作品ごとに、テーマや内容に応じたさまざまなルックを作り上げてきました。
コテコテの暑苦しい調子で攻めた『土竜の唄シリーズ』、一風変わった世界観をどう作り上げるかを試行錯誤した『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』、重厚感のあるフィルムのようなフェイストーンを目指した『ラプラスの魔女』、煌びやかさのある時代劇トーンに調整した『みをつくし料理帖』など、それぞれが非常に特徴的で、グレーディング作業としても印象深い作品を数多く担当させていただいてきました。

『怪物の木こり』のルックへのアプローチ

それでは今作をどのようなアプローチでルックを構築していったかを振り返ってみたいと思います。

北カメラマンは、クランクイン前に作品にイメージを反映した基準ルックを作成し、それをLUTという形で撮影現場のモニタリングに適用していくスタイルを採用します。今作は、[サイコパス VS 連続殺人鬼]というサスペンス要素の強い作品なので、カラーバランスや発色の癖などからアブノーマルな色合いに振ることも想定はしていたのですが、ルックとしてはある程度ニュートラルを基調としました。

そして、フェイストーンを豊かに表現するためにフィルムのような中間階調に重みのある調子を狙い、撮影や照明で作られるルックを最大限に活かすアプローチを目指しました。

©2023「怪物の木こり」製作委員会

まず最初に決めたのは、ACES(Academy Color Encoding System)を採用することです。それは、VFX作業含めたポストプロダクションワークフロー全体に対する優位性からの判断でした。

ACESの中で、フィルムシミュレーションLUT(弊社開発のポジフィルムシミュレーションLUTであるKirionLUT)のような色合いに寄せつつ、ハイライトを少し黄色に寄せながらも色彩コントラストが残るような程よいクリアさ、そして木々の緑などの色がくすまない調子を探っていきました。

ACESであることで、光の色合いが濃密に再現されることが期待でき、特に作品の世界観を作っていく上で鍵となるライティングの狙いを忠実かつシャープに表現できることがアドバンテージとなると考えました。

以下の画像のように人物を印象的に浮き上がらせたり、空間の奥行きを感じさせるために、背景の暗部に異なる色温度で照明を当てるといった撮影と照明のテクニックが駆使されています。

©2023「怪物の木こり」製作委員会
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また、グレーディングの [node] 構成についても、ACES IDTに相当する操作とカメラ毎のマッチング調整を行う[Input node]、チャートノーマルの基準を当てる意味合いとしての[base node]、露出や色温度を整えるプリンターライト操作を行う[Timing node]、作品に応じたルックを適用する[LMT node]、ACES ODTに相当する操作[Output node]といった構成をベースに、フィルムタイミングのような調整方法を採用できる形を設計しました。

撮影中、及びVFX作業フローにおける役割

こうして作品の基準となるLUTを1種類作成して撮影が進んで行きましたが、撮影中も各シーンとの相性はどうか、役者の方々のフェイストーンの具合はどうか、狙いのライティングが違和感なく表現されているかなど、注意深くデイリーを見守っていきました。
この基準LUTは各種パラメータを組み合わせて作成しているものですが、各パラメータを分解しそれぞれがどう作用しているかを見極め、その中でうまく作用していない要素があれば、それを仕上げ工程に生かすべく修正を検討し、ルックの更新として提案できる準備を整えておきます。

今作は、三池監督作品としてはVFXカットのボリュームが多くはありませんでしたが、株式会社OLMデジタル 合成部とのグレーディングパラメータ共有による連携を行っています。これは『ジョジョの奇妙な冒険』以来実績を積んできた手法です。

具体的には、VFX作業前にその段階のオフライン編集の状態で先行本編グレーディングを行い、各シーンのルックをある程度追い込んで、そのパラメータ自体を合成部と共有します。こうすることで最終のトーンを適用させながらVFX作業における品質チェックが行える体制をとるわけです。併せて、最終コンポジット前に適用するべきパラメータ(例えば、フォアグラウンド素材とバックグラウンド素材のマッチングのために必要な調整や、シーン全体に対しマッチグレーディングを行うことで高品質で統一性のあるエフェクトが与えられるケースなど)を別途お渡しするなど、VFX作業内で行うべきグレーディング的な要素をフォローしています。

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最終グレーディング、そして常に念頭におきたいフィルムの意識

上記のようにVFX作業前に先行グレーディングを実施するフローを取ることで、最終グレーディングは各シーンの方向性やカット単位の慣らし調整が行われた状態からスタートになります。

この作品は心情の読み取りにくいサイコパスを主人公として描きながらも、反面、あるときふと心情が垣間見えるような、そんな心理描写に対して繊細な側面があります。それが緊迫感を伴って力強く物語が展開していく魅力を作り出していると思います。それゆえにあくまで色合いとしてはでしゃばらないこと、そして役者の方々の表情やその世界に存在する姿がしっかりと作品の中で際立ち、確実に伝わるような、そんな世界観を目指したいと改めて考えました。

©2023「怪物の木こり」製作委員会
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北カメラマンは、作品内容に対して適切なトーンかどうかをこの段階で改めて客観視しながらご評価されていきますので、何度か一緒に本編を見直しながらフィニッシングに向けて必要な内容を精査していきます。また、回想シーンといった色味の演出を行うカットについても、感情のあり方やシーン代わりのインパクトなどを意識してルックを作成していますが、白黒映像や非常にさり気なく入れる銀残しトーンなど、バリエーションを作りシチュエーションによって適切に表現を変化させながら描くことを今作では試みています。

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我々のようなフィルムを知る世代にとって、今でも意識せざるを得ないのが《フィルムのプリント上映のルック》です。デジタルの技術で自由度が高くなんでもできると考えることもできますが、フィルムがもっている厚みのある豊かな中間調は人間ドラマを描いていく上では今でも優位性があると感じています。今となっては制約が多くコストもかかるという面もありますが、だからこそ工夫を凝らして高みを目指してきた作り手たちの信頼関係こそ、かけがえのないものなのだと痛感しています。

北さんもフィルム時代からの多大なるご経験のある方なので同じようなお考えがお有りなのではと思います。カラリストとして新しいルックを作るために試行錯誤する毎日でありますが、フィルム撮影時の、ネガタイプ、現像処理、ポジタイプを決めるという感覚と同様な感じで色の操作をおこなえるような、そんな万能でスタンダードなルックを作っていきたいとも常々思っています。
北さんのようなフィルムに慣れ親しんだカメラマンさんに、また次も同じルックでいきたいと言ってもらえることがなによりの喜びですし、フィルム時代のカメラマンとタイミングマンとの信頼関係のようなものが、私が目指す理想的なかたちです。

文:山下 哲司(カラリスト)