『夜明けのすべて』16mmネガフィルム撮影 x ポジフィルム・シミュレーションLUTのシンプルなアプローチ

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

『夜明けのすべて』は、三宅唱監督・月永雄太キャメラマンのコンビとしては『ケイコ 目を澄ませて』に続いて2作目の作品となります。『ケイコ 目を澄ませて』と同じくスーパー16mmフィルムで撮影されました。

  • 使用フィルム Kodak VISION3 7219
  • ノーマル現像のみ(特殊現像なし)
  • 使用スキャナー Cinevivo
  • フレーム 1.85:1アメリカンビスタ(『ケイコ 目を澄ませて』は1.66:1ヨーロピアンビスタ)

基本的にはすべて『ケイコ 目を澄ませて』と同じ形でした。アスペクト比が違うくらいです。

作品のルックも、同じものを使用しました。使用LUTは弊社開発のフィルムシミュレーションLUT kirion-EKです。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

自社開発のフィルムシミュレーションLUT「kirion」

まずはカラリストという立場で、このLUTの成り立ちと使用感についてお伝えできればと思います。

Kodakが設計したcineonという、フィルムの濃度をデジタルデータに置き換える技術に対して、デジタルデータを加工した後に、同じルック(見た目)でフィルムに戻すことを実現するべく開発したのがkirionです。当時の我々の現像所があった五反田での試行錯誤により生まれました。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

デジタルによる映像加工の技術が活用され始めたアナログ合成からデジタル合成への移行期に、「VFXカットだけはデジタルで作業・しかる後にまたアナログフィルム(インターネガ)に戻さなければならない」という時期がありました。

なぜなら当時は「ネガフィルムで撮影して」「ポジフィルムで上映する」時代だったからです。合成以外の通常の部分は「ネガ→ポジ」の焼き付けで完結するので、その通常部分と合成カットのルックが乖離しては好ましくないわけです。

例えばカットバックで「合成カットを挟んで、その2カット前と2カット後に同じカットがある」という時には、合成カットだけルックが違えば違和感は非常に大きいものとなります。こういった場合は、前後に正解のルックがあるので「ガチで」合わせないといけない。Kodak Cineonの理屈をベースにしながらも「五反田の水で焼いたネガ・ポジには、実はこういうクセがある」(アナログな変動要素)という事態に対応しなければならなかったわけです。

(余談ですが私はこの「五反田の水」という表現がとても好きです)

その結果、ネガ・ポジのルックをシミュレーションしたLUTが開発されました。当時はネガタイプもポジタイプも数種類あり、組み合わせも複数あったので、各種ネガタイプ別・ポジタイプ別にそれぞれLUTがありました。

そのポジ-シミュレーションLUTが、今回使用したLUTの原型です。

時は移って、映画をネガフィルムで撮影することも、ポジフィルムで上映されることも、ほぼなくなりました。

ポジLUTはデジタル撮影の場合でもポジルックとして転用できます。ただしフィルムの色の再現域とデジタルで使用できる色の再現域は大きく異なります。

当時開発したものは、シミュレーションという本来の使用目的とその再現度合いの加減、LUT開発の技術的な制約から、扱いに際してクセが強いこともあり、色によっては再現の不具合が出ることもありました。

そこでネガポジのタイプ別のクセ等を弱め、不必要にとがっている部分を丸めたものが今回使用したフィルムシミュレーションLUT kirion-EKです。「クセを弱めた・丸めた」とは言え、基本的なクセの強さは変わりません。違和感のある発色やトーンの滑らかさが損なわれるといったような症状が減っただけなので、極端な補正をする場合には注意しながら使っています。

現在、フィルムシミュレーションLUTは多数出回っており、例えばDaVinci Resolve同梱純正のものなどは「なんて素直ないい子なんだろう!」という使い心地です。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

フィルムLUT 100%使用

フィルムシミュレーションLUTに限らずですが、最近はLUTをそのまま使うのではなく、何らかの手段で度合いを変えて(多くの場合は度合いを弱めて)使用することが多くなっています。DaVinci Resolveで言えば [node] の [key output] で割合を変えます。

しかし今回はこのフィルムシミュレーションLUTを100%で使用しました。

ノードグラフの最終段にポジLUTを置いたので、「ポジに焼き付ける・ポジで表現できない色は出ない」という形になります。

なぜそうしたのかですが、現状はこの形がキャメラマンの月永雄太さんと私の作業の際のデフォルトの形だからです。

映画であれCMであれ「まずはシンプルにいつもの奴で見たらどう見えるか」を一応確認してから、作品の狙いに合わせてLUTをカスタマイズしていきます。フィルムLUTとビデオLUTを混ぜて割合を調整してみたり、違うフィルムLUTを試してみたりしてトーンを探って行きます。明らかにフィルムルックではない時は見ないこともありますが、基本はここから始めるのでまずはkirionを選択しました。

その結果『ケイコ 目を澄ませて』では他の選択肢を見ることなく、そのまま作業に入りました。『夜明けのすべて』もそれを引き継いでいます。

「ネガフィルムで撮るんだからポジに焼き付けましょうよ!」と声高に主張するのではなく、何となく小声で(今回はフィルムで行けるんじゃないですかね)(ですよね)みたいな感じでした。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

シンプルに、フィルムの成り行きに従って

月永さんと私の中での基本形のルックがそのまま採用されたので、一番シンプルな形からスタートしたということになります。

『ケイコ 目を澄ませて』も『夜明けのすべて』も、できる限りシンプルに挑まなければならないタイプの作品だと思いました。「デジタル的な加工感が前面に出ないように気をつけながら」デジタル的な加工をするお仕事なわけですが、場合によってはデジタル的な加工を「極力やらない」というのも一つの手段です。

フィルムの成り行きに従って、シンプルに色のバランスを取り続けました。

ネガtoポジのフィルム時代の色補正は「タイミング」と呼ばれていました。RGB51段階の光量を調整して色を整えて行きます。

同様の機能は多くのカラコレ機にも備えられており、DaVinci ResolveではPrimaryのOffsetがそれに当たります。Printer Light Hotkeysをアクティブにすると数字のテンキーでRGBのバランスが調整できます。ライトバルブの変化のように動くので、今どれくらい色バランスが動いたかの説明が容易なのが利点です。トラックボールだと手癖で処理してしまうことが多いことに気づいて、特にお客様と一緒に色を探る時にはこちらを使用します。

Color/Primary/Printerlight (画面表記上は“Offset”) RGBの値が整数値を刻んでいる
Priiter Light Hotkeysをアクティブにすると、テンキーの各数字にRGBプラスマイナスが割り当てられる。数値の刻みは1/4 Quarterまである
©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

35mmダイレクトブローアップの質感

月永さんとの作業は、『夜明けのすべて』で23作品目になります。随分長い間お世話になっております。

最初の作品『パビリオン山椒魚』が35mmネガ・ポジ作品、『その夜の侍』はスーパー16mmからの35mmダイレクトブローアップ、『劇場版 零 ゼロ』はスーパー16mm撮影のデジタル仕上げでした。35mm撮影は、最近だとなかなかに高いハードルですのでひとまず置くとして、スーパー16mmから35mmダイレクトブローアップした時の質感が忘れ難いです。

スーパー16mmから少しだけきめ細かく変化するあの感じを再現する方法が見つけられたなら、16mmフィルム撮影の需要も増えるかも知れないと思います。

文:高田 淳(カラリスト)

『夜明けのすべて』

大ヒット上映中!
©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース

「出会うことができて、よかった」
人生は想像以上に大変だけど、光だってある―

月に一度、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さんはある日、同僚・山添くんのとある小さな行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。だが、転職してきたばかりだというのに、やる気が無さそうに見えていた山添くんもまたパニック障害を抱えていて、様々なことをあきらめ、生きがいも気力も失っていたのだった。職場の人たちの理解に支えられながら、友達でも恋人でもないけれど、どこか同志のような特別な気持ちが芽生えていく二人。いつしか、自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになる。

出演:
松村北斗 上白石萌音
渋川清彦 芋生悠 藤間爽子 久保田磨希 足立智充
りょう 光石研

原作:瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(水鈴社/文春文庫 刊)
監督:三宅唱
脚本:和田清人 三宅唱
音楽:Hi’Spec

製作:「夜明けのすべて」 製作委員会
企画・制作:ホリプロ
制作プロダクション:ザフール 
配給・宣伝:バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース

▪公式サイト:https://yoakenosubete-movie.asmik-ace.co.jp/
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