「無印良品」の雑味のない透明感〜色と質感の調整で個性を引き出すカラーグレーディング〜
CM作品の中でも文字要素やCG、音声よりも「映像素材」が与える印象が重要なメッセージの鍵になる作品があります。「無印良品」の『暮らしは、素肌から。敏感肌用シリーズ』は、スキンケア商品のCMとして、まさに“人の肌”の表現が重要になる作品でした。
この記事では、ブランド全体のイメージの中でこの商品の魅力を印象的に表現するためのカラーグレーディングの工夫を解説します。
映像のインパクトとナチュラルなトーン
コントラストの高い映像は強いインパクトを与えることができます。明暗の差、色の衝突、輪郭の濃さなど、コントラストを強調すると印象的な映像が生まれます。
しかし今回の作品では、まったく逆のアプローチが必要でした。
「ナチュラル」なイメージを持つブランドと、この化粧水の「透明感」そして「余計なものが入っていない」「使う人を選ばない」といった特徴と、それを使う生活シーンの「自然な空気感」といった雰囲気の方向性をねらい、コントラストが柔らかくなめらかな色調をベースにしています。それでいて、観る人の印象に残る仕上がりにしていくためにカラーグレーディングには工夫が必要になります。
ほとんどのカットが“人の肌のクローズアップ”
本作は冒頭から8カット目までが“人の肌のクローズアップ”で構成されています。
それぞれの肌を窓辺の自然光がやわらかく照らしている様子を、浅い被写界深度で撮影したカットが連続しています。
グレーディングを行なっていく上で本作の撮影を担当した上野カメラマンから、「全カット整えすぎる必要はなく、ひとりひとり肌色も違うので個性を出したい」とオーダーがありました。
そこで準備の段階ではまず柔らかい自然の空気感を表現したいと思い、優しく繊細なトーンを意識してルック作りをスタートさせました。ハイライトのコントラストが強くなりすぎないようにトーンカーブで整え、抜け感のあるすっきりとした印象になるようにハイライトにシアンを足しました。素肌が強調されるように自然な肌色を意識し、立体感を持たせるため発色とコントラストが程よいバランスになるようにコントロールします。
使用したLUTは709をベースに自分でカスタマイズしたLUTです。フィルムルックを意識して作ったものなどカスタムLUTはいくつかありますが、今回はLUTを当てた上で全体のバランス調整とルックの味付けを行いたいと思いLUTの中でも癖が少ないものを選びました。
色と質感の調整で個性を引き出す
準備したものを上野カメラマンに見て頂き、全体の明るさやシアンの度合いを微調整した上で各カットの調整に入ります。
それぞれの肌色は意識しつつも、上野カメラマンと「このカットは少しシアンを強くしよう」「この人物の肌色は少し赤みが出てても良い」など1カット1カットの個性が印象的になるように進めます。また肌のシワやツヤなどの自然な質感を残すために、肌の部分のみディティール調整を行いました。
そして、エッジの柔らかさを出したかったので、グレイン(粒子)を最後に入れています。
色や質感は抽象的な表現になることが多いので、画として具現化するためにカメラマンとコミュニケーションを取りながら流れで繰り返し確認し、試行錯誤しながらグレーディングを進めました。
余分な引っ掛かりがなく、それでいて印象的
9カット目で化粧水を手に取るカットの後は、少し引いたシーンに切り替わり、最後に改めて人物の寄りに戻ります。
一連の流れを観て、余分な引っ掛かりや違和感がなく「見やすい」ことはCMとしてはとても重要です。それでいて観る人に「印象的」である必要があります。企画・撮影・編集を経て辿り着いた素材をカラーグレーディングでは、商品の色を正しく表現し、異なったイメージを持たれないように注意しつつ、視聴者に見せたいもの、印象付けたいものが明確になるように仕上げていきます。
限られた条件の中で細かく表現していく難しさはありますが、広告としていかに魅力的なグレーディングができるかもCM作品の面白さだと思います。
文:横田 早紀(カラリスト)