映像の色を「決断する」コミュニケーション〜ZEISS Supreme Prime 200による『The Wings』の制作工程〜

映像作品の「色」を決めていくプロセスの中には数々の決断があります。

その決断は直感に頼っているように見えることがあるかもしれませんが、実際には作り手との信頼関係とコミュニケーションの積み重ねがあって実現することです。

それを強く感じたのが『The Wings|ZEISS Supreme Prime 200mm』という作品の制作工程でした。

単焦点200mm一本勝負(ZEISS Supreme Prime 200mm T2.2)

この作品はドイツのレンズメーカーであるCarl Zeiss(カールツァイス社)の単焦点の望遠レンズSupreme Prime 200mm“一本だけ”で撮影するという、特殊な、そしてとても面白い制約の中で制作する作品でした。
レンズ1本だけで撮影した映像ですが、色の使い方でそれぞれのシーンの時間の経過などを表現していることを感じていただけるのではないかと思います。

脚本・監督・撮影監督をJSC(日本映画撮影監督協会)の会田正裕氏が手がけられました。インタビューを含む本作のメイキング解説動画はこちらからご確認ください。

会田正裕氏
「機材が新しいのがいいとかじゃなくて人間が持つクリエイティビティを発揮できる環境を
積極的に作り出すことが制作の中では重要なのではないか」

画角の調整ができるズームレンズと違って、単焦点の200mmという焦点距離なので、狭い撮影角度のフレーム内にはあれもこれも詰め込むわけにはいきません。

必然的に表現の要素としての色の役割が非常に重要になってきます。

そこで本作ではカラリストが撮影に立ち会うだけでなく、現場で色の確認や検討が綿密にできる手法を採用しました。

撮影現場でカラコレを行う〜オンセット・ビークル

マスターモニターをはじめカラコレの機材一式を車両に詰め込んだオンセット・ビークルは、撮影現場にカラコレルームを持っていく発想で設計されています。

オンセット・ビークルは撮影済みデータのバックアップ・チェック・デイリー作成といったデータマネジメントも含めて撮影からポストプロダクションの工程をスムーズに繋ぐためのシステムですが、本作においてはその利便性だけでなくそこから生まれるコミュニケーションにその真価が発揮できました。

アメリカの西海岸とつながる九十九里浜にオンセット・ビークルが到着

12時頃にロケ地である千葉県・九十九里浜に到着し1時間程でセッティングを終え、14時頃に朝から撮影していたクルーから1枚目のメディアを受け取ります。約700GBのコピーに1時間弱。

撮影クルーはしばしの休憩を挟みつつ次のシーンの準備を進めながら、カラーグレーディングの開始を待ちます。

撮影素材のバックアップコピーをRAID構成のHDDへ行い、Resolveの準備が整った所でカラーグレーディングを開始します。

『シアンの世界にいる感じにしよう〜』『もう少し彩度を上げて金色に寄せようか〜』と、作品の狙いなどを話しながら、仕上がりのイメージを共有していきます。撮影後すぐにカラーグレーディングができるのは、作品のクオリティアップにつながると大変好評でした。

車両内でも4K Rec.709 D65 BT.1886の環境でモニタリング

東京湾ロケの立ち会い

ストーリーの中では九十九里浜で踊っていた少年が成長し、東京湾に浮かぶ船上でタップダンスを踊るシーンへと繋がっていきます。

東京湾ロケの時には九十九里浜で撮影したオフラインメディアが上がっており、少年時代のシーンと船上のシーン、そして大人に成長したシーン、その時間の経過を具体的にどのような色味で表現していくか、撮影監督に直接確認をすることが出来ました。

船の上の撮影は時間との勝負

カラリストとして立ち会った自分自身にも現場の空気感、光の動きや強さ・角度を体感することで撮影された素材への理解が深まります。

仕上げのカラーグレーディング

本作品の仕上げは、4K Rec.709 D65 BT.1886をターゲットとして進めていきます。カメラはSONYのVENICE2で、S-Gamut3.Cine/S-Log3のLog撮影を素材とします。

仕上げのカラーグレーディングは現場で交わされたコミュニケーション、共有された完成イメージを土台に、まさに色を「決断する」という作業を積み重ねていく行程です。

立ち会いカラコレは、1日の作業の中でそれほど多くコミュニケーションを取れない場合もあります。
今回はシーンごとに狙いや方向性を事前にすり合わせできており、自分自身も現場の空気感を把握できているため、作業の立ち会いまでにかなりのレベルまで持っていくことができました。そのため、作業に立ち合っていただくタイミングでは更なる完成度、クオリティアップのためにより多くの時間を割くことができます。

撮影現場でのやりとりもふまえてグレーディング本番では、『波の表情を出す事や背景の美しさや力強さを表現して欲しい~』や『尺が短い分インパクトのある色作りを~』『インパクトのある画が良いが黒やハイライトのディティールなどは生かすトーンに~』など本番でもコミュニケーションと取りながら作業を進めました。

200mm1本で切り取られた世界にさまざまな表情が生まれていく

九十九里浜と船上でのロケを通じて積み上げられた、色を決断するための背景やロジック、感じ方の積み重ねが、仕上げ段階でもディスカッションの質を高め、それが作品の質を高めることにもつながっていくと思います。

これからも発展していくオンセット・サービス

今回オンセット・ビークルを使用してみて現場カラコレの重要性とその効果を再認識しました。撮影部の皆さんやクライアントからも想像以上に好評でした。
実際に撮影現場に立ち会いカラーグレーディングを行うことで、その時に感じた事や今後のグレーディングの方向性についてその場で確認ができ、それによって本番カラーグレーディングに向けて効率的に準備が出来ました。

ここまで、カラリストの視点からみていいことづくめのように書いてしまいましたが、実際にはさまざまな課題があります。

オンセット・ビークルの車内はスペースが狭いためモニターの設置場所(特にマスターモニター)に困ります。一方で車両を大きくすると小回りがきかなくなり、狭いロケ地に入れなくなるなどの問題が生じます。なんとか設置スペースを工夫していますが、作業スペースが限られてしまうという点も課題として残っています。

夏場はエアコンのための電源も重要

また、電源の問題も現状ではボトルネックになります。今回のように5〜6時間のロケであれば車両のバッテリーでも作業できますが、より長時間になるケースの方が多く、その場合は外部電源が必要になります。案件毎に電源の問題も考えながら予定を組んでいく必要があると感じています。

これらの課題を一つずつ解決していきながら、色を「決断する」というプロセスは、さらに進化させていけると思います。

文:藤井 裕貴(カラリスト)

『The Wings | ZEISS Supreme Prime 200mm』